【ギフテッドの本を読む】子供~大人時代までの考察ポイント7つ

ギフテッドの本を読み、僕の子供時代を中心に検証してみました
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こんにちは。フリーライターの林谷です。

今日は「ギフテッド」についての自己分析“第4弾”です。これまでに3回にわたって自身がギフテッドなのかどうかについて検証してまいりました。よかったら過去記事も併せてご覧ください。


ギフテッドをより正確に知るために、本を購入して読むことにした

ギフテッド関連の書籍を読み、より知識を深めたいと思った

これまでにインターネット上での情報を見るなど、ギフテッドについて検証してきました。しかしそれだけで自身がギフテッドとして言葉を発する、目標を定めることは浅はかなのではないかとも思っていました。そのため関連の書籍を購入し、ギフテッドについてさらに調べてみることにしたのです。

画像引用元:『わが子がギフティッドかもしれないと思ったら 問題解決と飛躍のための実践的ガイド

今回購入した本は春秋社から出版されている『わが子がギフティッドかもしれないと思ったら 問題解決と飛躍のための実践的ガイド(ジェームス・T・ウェブ 著、ジャネット・L・ゴア 著、エドワード・R・アメンド 著、アーリーン・R・デヴリーズ 著、⻆谷 詩織 訳)という本になります。

様々な書籍を見て回りましたが、友人からこの本を紹介されたこともあり、『読んでみようかな』と決めたのがきっかけです。

『ギフテッドの子供の育て方』がメインのため、自身の子供時代を振り返ってみた

この本、タイトルの通り自身の子供がギフテッドであった時にどのように育てて行くか、という観点で解説されています。

そのため直接自分とはかかわりのない部分もありましたが、『自身の子供時代を振り返る』と言う意味でとても参考になった部分があります。

今日はその印象に残った考察ポイントを7つ紹介していきたいと思います。

【ギフテッドの本から検証】子供~大人時代までの僕:7つの考察ポイント

①根拠や正当な理由のないことを受け入れられず、「頑固」と言われやすい

ポイント1つ目『根拠や正当な理由のないことを受け入れられず、「頑固」と言われやすい』ことです。

今回読んだ本では、このように紹介されていました。一部引用させていただきます。

“納得できる理由や理解を求める
ギフティッド児は慣習やしきたりに疑問を投じることがある。(中略)「そういうものなの」といった表面的な回答に納得することは滅多にない。”
(36頁)
“非論理的なもの(感情、しきたり、鵜呑みにしなければならないこと)をなかなか受け入れられない。”
(53頁)

これを僕の子供時代に置き換えて考えてみると、こんな感じになります。ほとんどは今も同じ思考です。

【林谷の子供時代】

◆「みんながそうだから」「前からそうだから」という理由だけで、なぜ周りは納得できるのかが分からなかった。

本質的に何が大切なのか、どうしてそうなのかが理解できるまで親や友達に尋ねては、『余計なことを考えすぎ』と言われてしまうのであった。

◆上のような同調圧力になびかないことが多かったので、周囲から『生意気な奴だ』『暗い』『気持ち悪い』など見られていた。

◆「しょうがない(仕方ない)」と思われていることがあると、少なくとも一度は理由や根拠について考えないと気が済まない。そのため周りから『面倒くさいやつ』という見られ方をしたことがある。

こんなこともあり僕はずっと継続ではないものの、幼稚園から中学3年まで何らかのいじめにあっていました。

②過去の傷をずっと引きずってしまう

2つ目は「過去の傷をずっと引きずってしまう」点です。

この本では、このように紹介されていました。そのまま僕の子供時代に考察に入りますね。

“ギフティッド児は深く傷つく。(中略)非難されたことや侮辱されたことをずっと後まで覚えていたりする”
(40頁)

【林谷の子供時代】

◆いじめられた時の周囲の表情や空気感、誰にどんな言葉で言われたかなどを鮮明に覚えている(それを今誰かに言うとまた、「そんなこと今まで覚えているの!?」と気持ち悪がられる)。夢にも出てくるときがある。

◆親や古くからの友人から『いつまでも昔のことを(考えるな)!』と取り合ってもらえない。

これもまた、原因は「非合理な事情を受け入れられないから」でもある。

③物思いにふけることがある

3つ目は「物思いにふけることがある」点です。僕は特に静かな授業中など、『起きてはいけない場面でもしこんな言葉を発してしまったら…』という想像を勝手にして、心配するという奇妙な思考をすることがありました。

授業中に、関係のないアイドルの名前をもし叫んだらその先どうなるだろう…とかそんな感じです。

本当に叫んだことはありませんが、確か「奥菜恵さん」だったと思います。当時特にお気に入りだったとかではないんですけど、なぜか頭に浮かんでいました。

さすがに今はなくなりましたが、今でも脳内で対話している”という形になって残っていると思っています。この本では、下記のように紹介されています。

“白昼夢
ギフティッド児はその激しさゆえに、しばしば我を忘れるほど物思いにふけったり白昼夢を見たりする。(中略)「子どもが野球の試合中にグローブをなくした。その原因がが嫌に守っていた時に熱気球に見とれていたから」”
(41頁)

【林谷の子供時代】

◆小学校6年の時にその教室で『水泳の授業から帰ってきた女子が着替えている』という事実を忘れてしまうくらい、室内に掲示されていたOさんの壺の絵に見とれてしまったことがあった。

もちろん女子に気付かれて、以降「のぞき魔林谷」と呼ばれる羽目になったことがある。

当時も「この感覚を言っても理解されないだろう」と感じていて、責められてもただ泣くしかなかった記憶がある。

※ちなみに当時の絵のイメージは、こんな感じです。
同級生が書いた壺の絵再現画像。
僕は無実です


⑤周囲と自分の感覚が異なることを、何となく自覚している

ポイント5つ目「周囲と自分の感覚が異なることを、何となく自覚している」ことです。この本では、下記のように紹介されています。

“自分が周囲とうまくなじんでいないと感じることがある。(中略)友達や家族の中で自分が「浮いている」と感じることがよくある。”
(206頁)
“一般に、アスペルガー症候群ではないギフティッド児は自分が周囲となじんでいないことに悩み苦しむことが多く、悩まずとも気づいてはいる。”
(425頁)

【林谷の子供時代】

◆周りとは違う感覚を常に意識していた。その違いに苦しんだ事や、今なお続く自己嫌悪の原因になってもいる(常時アウェー感の中にいる感じ)。

しかし反面、その違いによって誇りに思うときもある。精神状態などによってこれを行き来する形が今でも続いている。

◆ほぼ毎年変わる担任の先生から、毎回「林谷君は変わってますね」と言われていた。5打数(人中)4安打。家庭訪問の時の第一声はこの言葉です。

⑥理想主義

6つ目は「理想主義」であることです。この本でも紹介されていましたが、僕は周囲から「そこまで考えなくても…」と言われるような理想の高さを持っています。

また、実際に職場の先輩から「生き急いでいる」と言われたこともあります。子供のころから、この考えは変わっていません。

自分でも「割に合わない」と分かっていることでも、やめられなかったりすることで悩むこともありました。その理想を成せないと分かると、ひどく絶望するからです。

“理想主義と完璧主義
ギフティッド児は、自分自身、社会、そして世界に対しても、理想的な行動、成果、状況を夢見ることが多い。その可能性を見ることができるのと同時に、それがどれほど的外れか、また、社会は理想には到底及ばないこともありありと見てしまう。”
(206頁)
“完璧主義の子どもは、つねに意味のあることをしていないと、罪悪感や自分が怠惰でわがままだという思いに苛まれるだろう。”
(210頁)
“ギフティッド児の場合、不適切なほど高い基準を設けたり、(中略)不合理で非論理的な思い込みに陥ったりすると、特に時に自罰感情を抱きやすい。(中略)「自分はダメな人間だ」というセルフトークを繰り返しているとうつに陥る可能性が増える。”
(270頁)

この本では、上記のように紹介されていました。

【林谷の子供時代】

子どものころ、戦隊もののヒーローに憧れて、「自分もヒーローみたいな沢山の人に求められる人になりたい」気持ちがあった。

僕の理想の原点は、今でもこの『ヒーローになりたい』から変わっていない。

よってこの『理想に近づけない』というだけでストレスを感じてしまうことが今でもある。

⑦仲間の求め方

最後7つ目のポイントは、『仲間の求め方』についてです。この本では、ギフテッドの子供が求める真の仲間として『運動、知的能力、情緒のニーズ』ごとに別の仲間を持つ場合と、下記の特徴を持つ人を仲間と考えやすいと紹介しています。

“ギフティッド児にとっての真の仲間(中略)人生を笑い飛ばせるような気持ちにさせてくれるような人を必要とすることが多い。”
(281頁)

…これまさに、僕の妻です。

妻は唯一、僕の思考を休ませてくれます。「そこまで考えなくていい」状態、「シンプルでいい」状態にさせてくれて、かつそれが心地よいのは彼女だけです。

他の人だと、どうしても言葉や表情の奥にある心理について延々と考えてしまうんですけど、彼女にはそれがないので、楽させてもらってます。

また、もう一つのケースの“『運動、知的能力、情緒のニーズ』ごとの仲間”というのも共感できます。何か自分を高められること、学べることを重きにおいて考えることが多いためです。

それが周りから「薄情だ」と思われてしまうこともありますが、この考えが同じ意思を持った親友などと長くお付き合いさせてもらっていることにもつながっていると考えています。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

この次は、自己研究はもちろんギフテッドと考える僕が今後働く、社会貢献していくためにどうすればよいのか。具体的な方法についても探していきたいと思います。お楽しみに。



ギフテッドに関するその他の記事はこちら → 『ジャンル:ギフテッド


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コメント

ちょきまろ さんの投稿…
こんにちは
私もほぼこれに当てはまります。子供の頃の経験談についてもよくわかります。今は違いがあるのだと理解しているので笑い話になりますが、これをギフテッドと呼んでいて他にもいるのだな~と興味深々です。因みに娘も更に進化していますが同様です。特徴をあらかじめあげてもらえると自身にも娘の育て方にもわかりやすくてたすかります。
自分以外にもこんな風に思う人がいるとわかるのは嬉しいですね。
林谷 隆志 さんの投稿…
ちょきまろ さん

コメント有難うございます。
僕の頃はギフテッドはもちろん、HSPも発達障害も浸透していなかった頃でしたから、
「変な人」扱いでずっと育ってきました。

学校の先生から親に「変わってますね」と言われる、今ではあり得ないこともありました。小さいころから「マイナス要因」として意識を刷り込まれた感じでした。

今は情報もあります。

さらには僕自身からも伝えるようにして、早いうちから活かし方を身につけてもらえましたら、そのきっかけになれましたらすごく嬉しいです。

“違い”は、“間違い”とは違うよ、と伝えたい。

もちろん、長く悩みとして抱えてきて気づきのヒントになる場合も同様に幸いです。